Rickshaw(リキシャ)

2001年7月号(第33号)

目次


定例会報告(第46回、2001年5月26日)

グローバル化する人身売買問題―その背景と諸問題

小島 優さん

 センセーショナルな見出しを付して報道されることの多い人身売買。その手口は通信、移動手段の発達とともに、ますますグローバル化、ビジネス化が進んでいると言われている。では人身売買とは何を意味するのか?そこには売買春や不法入国・就労、児童労働や臓器売買まで多くの問題が関連してくる。

 国連開発計画南太平洋地域事務所で主にツバル共和国の開発プロジェクトの立ち上げ、運営、管理、ジェンダーや人権問題を担当され、人身売買問題をも研究されている小島優さんにお話を伺った。

人身売買の現状

p200104a.jpg

 今日、人々の移動は国境、地域、大陸を越えて複雑に交錯しています。IOM(国際移住機構)の2000年の調査では、毎年400万人の人々が不法に国境を越え、密売されています。人身売買は麻薬や武器取引と較べると、低いリスクで高い利潤を見込める、緻密に組織された国際ビジネスです。UNDP(国連開発計画)の報告では、ヨーロッパだけで毎年50万人の東中欧出身の女性や子供が売買され70億米ドルの利潤を生みだしていると推定されています。

 性的搾取を目的とした人身売買は、勧誘の手口や方法などには大して変化が見られないものの、インターネットなど通信技術の発展に伴ったネットワークの分業化により、飛躍的に産業化したいわれています。

 また、毎年世界中で100万人の子供が売春目的のため売買されていると言われています。そこでは、国際養子縁組と誘拐という二通りのシステムが悪用されており、韓国では1958から1990年の間に約12万人の嬰児輸出が行われ、88年だけで3000万米ドルの利潤をあげています。スリランカの「赤ちゃん農場」では母親から原価50米ドルで買い取った子供が1000から5000ドルで国外へ売買されています。煩雑で時間もかかる正規の国際養子縁組に較べ、ブラックマーケットでは短期間で簡単に売買が成立するという事実が事態悪化につながっています。

国際的議論の変遷とシステムの変化

 今日の人身売買問題の起源は19世紀の黒人奴隷売買に端を発していると考えられています。19世紀末のフェミニスト活動家、ジョセフィン・バトラーは white slave trade(白人奴隷売買)という造語により、強制的な売春の問題を国際議論の場に持ち込みました。そこで述べられているのは植民地での売春を目的とした欧米の白人女性の売買であり、非白人は念頭に置かれていませんでした。

 売春に対する世論の高まりから1949年には「人身売買禁止条約」が国連で採択されました。その後人身売買問題は男性を中心とした移住労働者問題との関連で捉えられる傾向が強まりましたが、80年代にはいり、エイズやセックス観光の広まりにより再び国際的関心が高まります。地域や売買目的も多様化する中で、1949年の国連条約はその有効性、時事性を問われています。

 現在の人身売買問題を特徴づけるキーワードは主に3つあります。国の発展度合い、ジェンダー、人種による国際分業化。シンジケート化。犠牲者のプロファイルの多様化です。ある特定の女性達は先進国の労働者と比べて、出身国、出稼ぎ先の国の男性と比べても、また経済力や権力を持つ主流の民族、人種出身者である男女と比べても不利な条件下にあり、性産業やメイドといったサービス業に就く事を余儀なくされ、比較的豊かな社会に住む人々の需要に応えるために世界中を移動するという構造が浮かび上がります。そして人身売買は旅行代理店やホテル、飲食店オーナー、有力な政治家を巻き込んだ、より組織化されたネットワークに発展しています。また、その中で、男の子の需要の増加や、被害者の低年齢化という現象も見られます。

行政・市民グループの活動とそのアプローチ

 複雑化する人身売買問題に対して各政府やNGOには「何をもって人身売買とするのか」というコンセンサスさえなされていませんが、それらのアクターは主に、防止、救出保護、リハビリ、法的側面、という四分野において対策を実施しています。IOMが発表した「東南アジアにおける人身売買に関する政策・活動の分析」の中で著者のダーク氏はそれら4側面の対策を六つのアプローチによるものと分析しています。

1、売買春問題の枠組みで捉える。ここでは搾取的な方法による売春の強制のみをさすのか、あるいは売春に引き込むための勧誘や調達行為自体も含まれるのか、という人身売買の定義付けの問題や、売春を職業として選択する権利の有無、といった問題も生じています。全ての売買春行為は犯罪であるとみなす売買春廃止運動派によれば売春婦自身も犯罪者とみなされてしまいます。一方、性産業を公的管理することで公衆衛生と社会的倫理を維持しようとする規制派の考え方には性産業従事者への社会的偏見や差別の悪化が懸念され、また女性の性的商品化が正当化することに人権面での批判もあります。

2、移住労働者問題の枠組みで捉える。人身売買のブローカーは特定の国、時期に合わせて難民、観光、婚姻と様々な方法で人々を不法入国させています。受け入れ国、中継地、送り出し国という立場により採りうる対策は異なり、また時代と共にそのルートや方法も変化しています。受け入れ国側では人身売買問題は不法外国人労働者問題として捉えられます。対策としてはビザ発給規制、強制送還、国境規制がとられ、人身売買犠牲者も犯罪者とみなされます。送り出し国側は送金を重視しており、フィリピンの例では正式発表で2000年の送金による外貨収入は49億米ドル、個人ルートを合わせると72億ドルに上ると見られます。このように出稼ぎを止めることができない現状では、より安全な出稼ぎシステム作りや海外での援助機関の充実、人身売買問題への意識向上キャンペーンを図るとともに斡旋業者の規制に取り組んでいます。

3、労働問題としての人身売買問題。女性の母国における雇用機会、労働条件の改善、児童労働、搾取問題への対策としてインフォーマルセクターにおける女性や子供の権利提唱の運動を広めています。

4、人身売買のもつ「犯罪性」に着目。国境を越える犯罪組織をより厳しく警抜で取り締まろうとしますが、汚職により法の執行性や有効性が弱められているのが現状です。ネパールでは人身売買は20年の禁固刑が定められていますが、1999年に処罰されたのは逮捕者の1パーセントのみです。また売春に従事する女性は彼女自身「犯罪者」扱いされるため行政に助けを求めることは困難であり、犯罪組織告発、摘発の妨げになっています。

5、人権問題としての人身売買問題。広く認識されている考えですが、売買春問題と絡めて考える際「何を持って人権侵害とするのか」に意見の食い違いがあります。しかし女性の人身売買問題が「人間の基本的人権侵害問題」として捉えられることにより、市民、国民の人権を守る義務、国家の責任と役割が再認識されるようになったのは重要な点です。

6、子供の人身売買問題。交渉能力を持たない子供の売買は多くが騙され、親や周囲のプレッシャーにより売春を余儀なくされています。またその過程でよく暴力が用いられます。性的搾取、児童労働の酷使問題に対しては子供の権利条約の枠組みの中での法改正や防止、保護対策がとられています。また各地で意識向上プログラムが行われていますが、学校でのキャンペーンは低就学率地域では効果が無く、それぞれの環境に適したキャンペーンを実施する必要があります。また、人身売買問題を語る事は性やジェンダーといった社会的タブーに踏み込むことになるため、社会によってはそういった事柄をオープンに話せる環境ができていない場合もあります。

取り組みの問題点と議論の中心

 明確で公的に統一された定義、見解がないため、信頼性の高いデータ収集が困難であり、対策や理解において混乱や矛盾を招き、的確に問題点を分析できなくなっています。そのために偏った女性のイメージがひろがり、結果として女性の社会進出を妨げとなる場合もあります。また、政府や国際機関、NGOといった様々なアクターの色々なプロジェクトが単発的に存在し、効率的な共同、協力が取れていないという問題もあります。

 従来、貧困や無知といった事柄に根源を求められることが多かった人身売買には、経済、政治、文化、宗教、歴史的要因が複雑に入り組んでいます。タイでは仏門に入り徳を積むことができる男性に対し、伝統的に親の面倒をみる役割を負っている女性の中には、現金収入により物理的に家族に良い生活を与えることで周囲の期待に応えようとする者がでてきます。売春によって得たお金で親孝行し、お寺に寄付をし、村の「発展」に貢献してゆくというなかで、現金経済流入による農村での価値観、モラルの変化に伴って売春に対する抵抗感自体も微妙に変化していきました。

 またネパールには少女が性的満足のため寺に提供されるというような伝統的な売春の形が幾つかあり、人身売買ブローカーはそれらのシステムを活用しビジネスを拡大しているという研究もあります。被害者の多くは村に帰ってこられないため、村では「サクセス・ストーリー」のみが取り沙汰され、現場での悲惨さは語られることが殆どありません。ここではジェンダー、階級、封建的社会構造が要因となっているのを見ることができます。 中国では、従来からあった跡取り、嫁不足問題という要因に加えて、富農民が娯楽として、自己の富を誇示するために子供を買う現象が報告されています。ブローカーとして売るのも9割が農民、買うのも大半が農民であり、農村社会の流動化に伴うモラルの変化が指摘されています。

質疑応答から

 人権、犯罪、教育と様々な要素を含む人身売買問題に対して国連内部でも各部門間の役割、権限意識が障害となり、また各国の内政にも踏み込みかねない問題なだけに包括的な対策は取れないでいる。国際的に貧富が偏在する環境のなかで、深刻な貧困に対し明確かつ有効な経済政策を国民に提示しえない国に厳格な規制を求めることも現実的ではないであろう。さらに性労働を認めるか否かで反目し合う女性団体。それぞれのイデオロギーに固執するNGO。そのようなお話しを伺っていると、人身売買をなくすことは不可能ではないかと思われる。それでも、活動する各団体に共通する動機は、このような悲惨な状態はあってはならない、という意識に他ならない。「人が人を買う事がなぜいけないのか」この根本的な問いに対する意識を高め、広めてゆく努力が求められている。

(牧 良太・フリーライター)
目次へ戻る

月刊リキシャ2001年7月号(通巻第33号)
2001年7月28日発行
編集人 大園 浩史/発行人 八尾 浩幸
発行 亜洲通信社リキシャ編集部

トップページへ