Photograph from Asia 33


   サッカー「アジア杯」をベイルートで考えた

写真・文 豊田 直巳 (とよだ なおみ)      


 ワールドカップの日韓共催が、1年後の今日、開催されるという6月1日。スポーツ新聞はもちろん、一般全国紙も、昨日のコンフェデレーションズカップでの日本代表チームの対カナダ戦勝利を一面で報じている。いよいよ、「民族主義」がこの一年煽られ続けることになる、その一歩ということ。しかし、「それも、よし」と言えるのか。以下は5月8日に産経新聞に載った石原慎太郎都知事の発言の抜粋だ。産経新聞を読む機会が少ないと思われるので、長い引用になるがご勘弁を。
 「被害者は仲間割れした不法入国の中国人だった。捜査の過程でこの被害者が多分日本人ならざる外国人、おそらく中国人だろうことは推測がついていたという。その訳は、何だろうと日本人ならこうした手口の犯行はしないものですと。やがて犯人も挙がったが推測通り中国人犯罪者同士の報復のためだったそうな。しかしこうした民族的DNAを表示するような犯罪が蔓延することでやがて日本社会全体の資質が変えられていく恐れが無しとはしまい。」石原の言わんとすることを、くり返すまでもないだろう。
 こうした並べ方をするとスポーツと政治は別と言う「反論」が聞こえてきそうだが、そうだろうか。すでに私たちは1936年のナチス政権下のベルリンオリンピックが「民族の祭典」として、プロパガンダの具に使われたことを知っている。
 一昨日、5月30日、自民党と公明党など与党は外国籍住民の地方参政権の法案を継続審議と先送りしたと新聞は報じた。いや先送りなのか、お蔵入りなのかは日本の参政権を有する国民の問題でもあり、残念ながら「当該」である在日コリアンたち外国籍住民は、それについて公的意見を述べる「権利」すらない。日本の侵略、植民地支配の歴史への責任はもちろんだが、それだけでなく来年より韓国では外国籍住民の地方参政権が認められるというときにである。これはフェアか?
 人材コンサルタントの辛 淑玉さんは「一票もない私たちのことなど、政治家は聞いてくれない。ならば、自分のことは自分でやりたい、ところが住民投票の権利すらない。」と、30日、日比谷野音で開かれた「排外主義と歴史歪曲にNO!多民族・多文化共生社会にYES! 5・30行動」で憤った。
 さて、写真は、昨年11月、レバノンで開かれたサッカーのアジア杯に優勝した日本代表チームと、トルシエ監督の写真である。と、新聞ならキャプションを書く。しかし、「アジア杯優勝の代表チームのキャプテンとして優勝杯を掲げて喜ぶ、清水エスパルスのDF森岡。」と書くことも出来る。また、写真選択の問題でどちらの写真を使用するかで、読者の印象は随分と違ったものになるはずだ。ちなみに汎アラブのサッカー雑誌の表紙は、森岡が一人でカップを掲げる写真を、その表紙にしていた。
 実はもう一つ思ったことがある。レバノンはこれまで「中東の」枕詞は冠されて報道されてきた。その「中東」でのアジアカップであることを、どれほど私たちは意識させられただろうか?。ちなみに、南に隣接するイスラエルはアジア連盟に入れてもらえず、ヨーロッパ連盟にも拒否されていたのがようやく近年、ヨーロッパの「仲間入り」を果たしたということは、同時に考えなければならない問題でもあろう。(ちなみに「国」のないパレスチナはアジア連盟でアジア杯に参加)。
 排外主義を煽る報道とは別の写真も文章もあることを、AWCの「ライター」は目指して欲しいと思う。
Photo Gallery 目次

ご感想をお寄せ下さい