Photograph from Asia 



 

   それでもそこに人々は暮らす

   写真・文/ 豊田直巳 (とよだ なおみ)   

 初めて行った人は、ここが難民キャンプだと聞くと奇異な感じを受けるという。テントが立ち並び、疲れ切った人々が地べたに座り込んで食料配給を待つ、そんな風景を想像して来たらしい。
 ところがパレスチナ人は50年も難民キャンプ暮らしだ。かつてのテントの上にはコンクリートブロックの家が建ち、息子が生まれて2階を建て増しし、その次が生まれて3階建てにし、孫が生まれてその上に…。いつしか難民キャンプはびっしりと竹の子が伸びたようになった。もっとも、これまでは伸びた竹が切られるように、何度もイスラエルの空爆でペシャンコに押し潰されてきた。しかし、それでもそこで人々は暮らすしかない。
 この5月、パレスチナ問題がやま場を迎える。「劇的」と評されたオスロ合意によって、紆余曲折はありながらもスタートしたパレスチナ暫定自治の期限が切れるからだ。しかし、ガザ地区とヨルダン川西岸地区の10%程度の飛び地こそ「パレスチナ当局」が支配するようにはなったものの、エルサレムの帰属や難民問題をはじめとした重要問題はほとんど未解決のまま先送りされてきた。期限までの解決はすでに絶望視されている。そうした中で、真偽は定かではないが、パレスチナ側は一方的にでも「独立宣言」するといわれ、またイスラエルは武力を使ってでもそれを阻止するとも伝えられる。
 湾岸戦争の最大のスポンサーとなった日本も無関係ではいられまい。


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