Photograph from Asia 27


   リキシャと日本(於、バングラデシュ)

   写真・文/ 白取芳樹 (しらとり よしき)   

  「ホームページ作れない?」。ある日、ある知り合いのビルマ人から唐突にそう聞かれた。「なぜ?」と問うと、日本で購入した中古車を売りさばくのに使いたいという。そんな彼は、昨年、新天地を南アフリカに求めるべく帰国した。彼だけでなく、いわゆるニューカマーの知り合いには、中古車輸出ビジネスをしている人がけっこういる。
 じっさい、98年暮れから99年初頭にかけて訪れた、彼の母国ビルマの隣国・バングラデシュのダッカにも、輸入中古車が溢れていた。そこではほとんどが日本からのものだった。そして、自動車の利用者が増えるにつれてじゃまもの扱いされる宿命にあるのがリキシャだ。バングラデシュでは三輪自動車の「ベイビータクシー」もあるが、三輪自転車の「リキシャ」が断然多い。今年10月30日には、Mirpur通りでのリキシャ通行禁止措置をめぐり、警察とリキシャ運転手たちの間で衝突が起こった。この件に関してダッカ都市交通事業の関係者は、事業計画では主要道路にリキシャ専用車線を設置するよう提言しており、けっして締め出そうとしているわけではないと言っているようだが…。
 いずれにせよ、リキシャ通行禁止道路は増えつつあるようだ。そうなると問題は、仕事からあぶれる運転手たちの行く末。ダッカに存在するリキシャは40〜70万台、リキシャの運転を生業とする人たちは、ダッカの人口約1000万人のうち100万人とも言われる。台数に幅があるのは、かなりの数を未登録のいわば違法なものが占めること、台数と人数との相違は、多くの場合、リキシャが1人1人
の所有物ではなく1日単位で借りるものであることによる。彼らには職を得るのが難しくなって、やむなく農村から出てきた人も多い。
 リキシャをはじめアジア各地にみられる輸送手段、三輪自転車、三輪自動車は、日本から輸出された人力車が発達していったものといわれている。そしてダッカでは、そのリキシャを駆逐していくのも日本からの輸入中古車。なんとも皮肉な歴史と言いたくもなるが、リキシャ運転手たちの行く末と私たち日本人の生活は、底流でつながっている。


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