Photograph from Asia 22


   STRONG LIVES in BOSNIA

写真・文 嘉納まふゆ (かのう まふゆ)      


 1991年から始まったボスニアの内戦は、1995年12月に和平協定が結ばれるまで、4年半続いた。1996年、停戦後のボスニアで私が聞いたのは、「戦争が始まるまで、みんな仲良く暮らしていた」「人種が何かなんて全く関係なかった」という多くの声だった。民族対立・宗教戦争といわれたこの戦争は、他のいくつもの戦争がそうであるように、政治的・商業的に一部の人間が利益を得るためだけに仕組まれた、内戦だったと感じずにはいられない。それまでの多民族国家ボスニアには、他民族同士の結婚があり、人種を超えた人と人とのつながりがあった。そしてそこには、民族同士の憎しみなど、日常に存在してはいなかった。
   ある日ボスニアの孤児院を訪ねたことがあった。近くにいる子どもたちに話しかけようとする私を、保母たちが制した。「この子たちには何も聞かないで! やっと新しい土地で、新しい生活を始めようとしているのだから。戦争の傷を再びえぐるようなことはしないで!」。ここで暮らす100人あまりの子どもたちのほとんどは、両親を虐殺された子どもたちだ。とはいっても、その遺体はいまだに発見されていない。行方不明になった人々のほとんどはそのまま殺され、大抵は埋められるか焼かれるかしてしまっていて、遺体を発見することはほぼ不可能だという。
 戦争中に蓄積された憎しみが、今でも人々の心に深い傷を残していることは確かだ。愛する人間を失った者はそれを一生忘れない。戦争のことを語りたがらない人は、無理矢理過去の事実と自分とを、切り離そうとしているようにも見える。しかし私は彼らに信じてほしい。人生は変えられるということを。人生はやり直せるということを。人生を変えることは難しい。しかし、人生は必ずやり直すことができる。やり直せると信じたその瞬間から、人は新しい人生へ向かって歩き出すことができるのだ。孤児院の庭を眺めていたとき、私が撮りたかった少年の一人が振り向いた。私はその少年の瞳に映る、深い悲しみの記憶と明日への希望を、残しておきたかった。

Photo Gallery 目次
Photo Gallery 23

ご感想をお寄せ下さい