Photograph from Asia 16


   シベリアからの望郷の想い

文 井出晃憲 (いで あきのり)      


 1943年のある日、カルムイク人はシベリアへ追放されることとなった。大祖国戦争のさなか、一時的に占領したドイツ軍に対し協力したという嫌疑がもたれたためだ。以後15年あまり、彼らはシベリアの過酷な風土のもとで堪え忍ぶこととなる。オクナ=ツァガン=ハルグはシベリアで生まれた。ツァガン=ハルグとは「白い道」という意味だ。両親が望郷の思いでつけた名である。カルムイク人たちはその後故地に戻ることを許されたが、ソ連時代にはなおも民族固有の文化をあからさまに表現することは不可能であった。だが、彼らは密かに大切にそれを守ってきた。たとえば、シベリアに追放される直前に仏教画を地下に埋め、帰ってきた時に掘り出して信仰を捨てなかったという。オクナ=ツァガン=ハルグはジャンガルチという吟遊詩人である。カルムイクには「ジャンガル」という英雄叙事詩があるが、それをドンブラという楽器を演奏しながら喉歌(ホーミー)を織り交ぜて朗々と謡う。彼は、それを祖父母から習い受けたが、自身はモスクワの建築大学に進み、別の仕事に就いていた。転機が訪れたのはソ連崩壊のときである。彼は失われつつある民族文化を守ろうとしてジャンガルチを本業とするようになった。今ではご覧の通り伝統的な弁髪を結っており、政府からは人間国宝のお墨付きをもらい、立派な家を与えられた。彼の歌声を聞きながら、複雑な民族の歴史に思いを馳せた。


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