Photograph from Asia 14


   女医シンシア

写真・文 山本宗補 (やまもと むねすけ)      


 カレン族が住むビルマ・タイ国境地帯は、世界的にみてもやっかいなマラリア感染地帯で、数日間の滞在で運悪くマラリアにやられることもある。10年前に初めて罹った私自身もそうだった。
 マラリア・ダンシングと形容される時は深刻だ。タイ北西部の国境の町・メーソットにあるシンシア・クリニックは、マラリア患者が絶えない。ある時、カレン族の若者がベッドで両腕と両足を押さえられても、今にも殺されるとでも思いこんでいるような形相で、叫び暴れていた。脳性マラリアだ。点滴の針を腕に通すためには頭と上半身がさらに押さえつけられ、3度目の試みで針が血管にようやく入った。このタイプのマラリアに罹ると、手遅れならば死んだり、治療後に記憶障害や言語障害が出ることもある。数年前、カレン軍に義勇兵として参加していたある日本人は、帰国後にマラリアで死亡した。
 メーソットはバンコクから夜行バスで8時間。シンシア・クリニックは10年前に開設された無料クリニックで、88年のビルマ民主化運動の国軍による弾圧で、タイ領へ脱出したカレン族のシンシア女医が始めた。初めて女医に会った10年前、彼女は線の細い印象の若い女性だったが、若くして医療とは誰のためにあるのかを心得、医師としての理念を実践し始めていた。
「武装闘争だけで民主化革命は達成できません。人道的な取り組みで軍事政権と闘う必要があります。カレン族に限らず、ビルマ学生や他の少数民族のために医療の仕事に励むつもりです」
 負傷したカレン兵やビルマ学生、医療に無縁のカレン族農民などが、ビルマ国軍の攻撃を心配することなく、無料で治療を受けられる場がタイ領内に創設されたのは画期的だった。当初は、使い古しのブリキで屋根や壁をこしらえたバラックで、難民が隠れ住んでいるような建物だった。今では、木造二階建ての小さな診療所となり、タイ領内で入官や警察の目を恐れながら不法労働するあらゆるタイプのビルマ人患者で一杯だ。
 シンシア女医が所長を務めるクリニックでは、数ヶ月間の訓練を修了し医師の役割を果たす男女の看護士が、慣れた手つきでマラリア患者、負傷兵の治療から、妊婦のエイズ検査や出産などの医療活動ボランティアをしている。シンシア女医はアジア人権基金による、アジア人権賞の候補にあげられている。
(写真キャプション:足の傷を治療するシンシア女医)

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