Photograph from Asia 13


   友人の娘の卒業式

写真・文 山本宗補      


 昨年のことだが、フィリピンで友人の次女の卒業式に立ち会った。友人は、ルソン島中部のピナツボ先住民のアエタ族で、4年ぶりに会う彼の次女マガンダは、いつの間にか父親よりも背が高くなり、年頃の若い女の子に変貌していた。というのも、彼女は15歳にして、ようやく小学校の卒業にこぎつけたからだ。
 アエタ族というと、1991年に起きた今世紀最大級のピナツボ火山大噴火のため、母なる大地もろとも生計の術を失った多数の被災者の中でも、貧困の極みにある。友人の場合は、父親、妻と4人の子どもを次々と避難キャンプで失い、再定住地に移ってからは、残る4人の娘たちを男親ひとつで何とか育ててきた。長女は時には母親の役目を果たし、4人のうち、父親の期待を受けて学校に通い続けたのはマガンダだけだった。同級生の多くも一人二人と登校を止め、小学校修了後にハイスクールに進学するアエタの子どもは稀だ。
 長い間アメリカの植民地だったフィリピンでは、小学校の卒業式でもアメリカの大学での卒業式を彷彿させる、ガウンに卒業キャップ姿の正装を卒業生はする。乾燥した山間部にある再定住地の小学校で、マガンダは学校から借りた洗い晒しの真っ白なガウンとキャップの晴れ姿で式にのぞんだ。「卒業生」の紙バッジを胸に、彼女は誇らしげに卒業証書を受け取った。親子の記念写真を式後に撮ったが、父親にとっても、娘にとっても、この日は人生最大の記念すべき日となった。
 友人は言う。「俺は読み書きができないので拇印を使うしかない。マガンダにはハイスクールを卒業し、鉛筆で良い仕事について、俺が死んでも二人の妹のめんどうがみれる女の子になってほしい」
 大卒でも一家を養う収入を得るのが困難なフィリピン社会だが、友人のささやかな親心の手伝いはしたいと思っている。

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